ダイアナ妃の若い頃が美しすぎる!幼少期からの生い立ちもまとめてみた

ダイアナ妃の若い頃が美しすぎる!幼少期からの生い立ちもまとめてみた

「英国民のプリンセス」と呼ばれ、今なお世界中の人々に愛され続けているダイアナ妃。1997年の悲劇的な事故から四半世紀以上が経った今も、優雅な美しさとファッションセンスは多くの人々を魅了し続けています。彼女の輝かしい人生は、実は幼少期から波乱に満ちたものでした。今回は、プリンセスになる前のダイアナ妃の若い頃と生い立ちに迫ります。

名門貴族に生まれた少女の生い立ち

ダイアナ・フランセス・スペンサーは1961年7月1日、イギリスのサンドリンガムで誕生しました。スペンサー伯爵家という500年の歴史を持つ名門貴族の娘として生まれた彼女は、遠い血筋をたどるとイギリス王室とも縁がありました。母フランセスは王室のチャールズ2世の庶子の家系であり、さらに遡ればヘンリー4世の子孫だったのです。金色の髪と丸い頬を持つ幼いダイアナは、周囲から「とても愛らしい子供」と評されていました。当時のベビーシッター、インゲ・クラインさんは「彼女はとても愛らしい子供でした。抱きしめたくなるようなかわいらしさ」と後に語っています。

不安定な家庭環境

裕福な家庭に育ったものの、ダイアナ妃の幼少期は必ずしも平穏ではありませんでした。1969年、7歳の時に両親が離婚。母フランセスが別の男性と不倫したことがきっかけでした。離婚後、ダイアナ妃は父親のもとで生活することになりましたが、実質的にはナニーに面倒を見てもらったり、寄宿学校に通ったりと、不安定な環境で育ったのです。ダイアナ妃は後に自身の寄宿学校での思い出を語る中で、「父に『私のことを本当に愛していたら、ここに置いて行ったりしないわ』と言った」というエピソードが残されています。幼くして母親との別れを経験した少女の心の叫びが伝わってくるようです。

動物好きの少女時代

ダイアナ妃の若い頃は、動物に対する深い愛情を持っていたことでも知られています。特に小さくて毛や羽のある動物を好み、4歳の頃には乗馬を楽しんでいたほどです。ノーフォーク州サンドリンガムで開催されたペットショーに参加したり、寄宿学校ではクラスメートのペットの世話をする「ペットコーナー係」に選ばれたりと、動物好きな少女として過ごしました。

プリンセスへの道

10代半ばに達したダイアナ妃は、スイスのアルパン・ヴィデマネット学院に短期留学するなど、淑女としての教育を受けました。当時の評価は「内向的」「品行方正」「スポーツが得意」というものでした。バーバラ・カートランドのロマンス小説に夢中になり、「白馬の王子様」を夢見る少女だったダイアナ。その夢は思いがけない形で現実となります。1977年、16歳のときに姉セーラの紹介でチャールズ皇太子と初めて出会いました。このとき、恋愛に発展することはなかったものの、1980年に再会した2人は急速に親密になっていきます。ダイアナ妃が20歳になる直前、1981年2月に婚約を発表。同年7月29日、セント・ポール大聖堂で世紀の結婚式を挙げ、世界中の10億人以上が見守る中、ダイアナ妃はおとぎ話のようなプリンセスへの道を歩み始めたのです。

ダイアナ妃の変化するスタイルと内面の成長

結婚後に二人の息子ウィリアム王子とヘンリー王子を出産し、愛情深い母親として子育てに奮闘します。しかし、夫との関係は次第に冷え込み、1992年に別居、1996年に正式に離婚となりました。この間ヘアスタイルも大きく変化していきます。プリンセスとなった初期の頃の長めのボブヘアから、後にはショートカットへと変わっていきました。単なるファッションの変化ではなく、彼女の内面的な成長や自立への歩みを表していたのかもしれません。別居後、ダイアナ妃は地雷廃絶活動などの慈善活動に力を入れるようになり、以前の内気な若い保育士の面影はもはやなく、社会問題の代弁者として堂々と発言する姿へと変貌を遂げます。写真で振り返るダイアナ妃の若い頃の姿からは、時代とともに洗練されていく彼女の魅力が伝わってきます。

最後に

1997年8月31日、パリでの交通事故により36歳という若さでこの世を去ったダイアナ妃。短い人生でしたが、彼女が残した優雅さと気品、困難に立ち向かう強さは、今なお多くの人々の心に残り続けています。現在のキャサリン妃も、ダイアナ妃の慈善活動や子育て、そしてファッションセンスなどから多くの影響を受けていると言われています。幼少期の無邪気な笑顔から、プリンセスとしての気品あふれる美しさまで、ダイアナ妃のビューティスタイルとともに、その生き方も永遠に輝き続けるでしょう。